先日、母校の福岡大学で、若い学生に混じって人間学の講義を受けてきました。いつもお世話になっている方から、高名な哲学者の先生が教壇に立たれるので、よろしければ、とのお誘いを頂いたのです。かなりご高齢の先生でしたが、気迫の塊のような方でした。
これから社会に巣立つ若者たちに向けて、先生は「人生に安住安楽を求めてはいけない」というメッセージを強調されていました。その際に語られたのが、『野生の鴨の教え』という逸話です。
デンマークにジーランド湖という美しい湖があります。そこには毎年ある時期になると、野生の鴨たちが餌を求め、長い距離を飛来して訪れます。鴨たちはそこで一時期を過ごした後、また別の土地へと渡るのが習いです。
ところが、ある時から鴨たちはいつまでもその湖に住み続けるようになりました。なぜなら、ある老人が毎日鴨たちに豊富な餌を用意するようになったからです。鴨たちにとって、その湖は安住の地となりました。何千キロという距離を飛んで次の湖へと旅する行為は、体力を著しく消耗しますし、なによりも危険が伴います。彼らの「土着する」という選択は、当然のことのように思われます。
ある日、彼らに思わぬ事態が起こります。今まで豊富な餌を用意してくれた老人が他界したのです。彼らはたちまち困窮します。長い間の安住安楽をむさぼり、飛ぶことを忘れた肥え太った彼らに、数千キロ先の次の湖までの旅は過酷過ぎて、とても無理でした。
そんな彼らに、さらに大きな悲劇が襲来します。湖に面した山裾から大量の雪解け水が激流となって流れ込み、飛べない鴨たちは、なす術もなく押し流されていったのです。彼らは、一羽たりとも助からなかったに違いありません。
この逸話は、北欧の哲学者で、実存主義の創始者キェルケゴールが伝えたものとされています。安住安楽は有難いけれど、それが日常化すれば、やがて生き物としての『気の喪失』をもたらします。現代日本人が直面しているその危機に、老先生は魂を込めて警鐘を鳴らされ続けているのです。
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ないとうれいる (土曜日, 07 5月 2022 01:02)
この先生は、行徳先生ですね。最近、そのご存在を知り、野生の鴨の話を知りました。
2年前のコロナ発生以来、右往左往する日本人に「ジタバタするな!」と喝を入れてくださっていたのを最近知りました。この世代の気骨のある日本人がどんどん亡くなっていかれる…、こうしてお話を聞くことができて有り難いと思いました。
追立直彦 (土曜日, 07 5月 2022 10:58)
ないとうれいるさん
コメントありがとうございます。仰せのとおり、行徳先生の講話でした。講話中、真面目に参加していなかった学生さんに対して、烈火の如く叱りつけ諭されていた先生のお姿が印象的でした。あの時に叱られた学生さんも、今では社会人になっているかもしれませんが、先生のお話が活かされていればよいのですが笑。