家業を企業へ。企業を産業へ。超巨大流通網創業者の『あしあと』(後編)

前回に引き続き、『イオンを創った女 評伝小嶋千鶴子(東海友和著/プレジデント社刊)』の内容に基づいて、巨大流通小売業の基礎を築いた、伝説的実業家の功績を振り返ります。前編の内容は、こちらからご覧下さい。

 

イオンの前身であるジャスコが誕生したのは昭和44年。小売業主導の流通革命を実現させるべく、千鶴子の実家である小売業の岡田屋が、近隣の有力小売業との間で、業務提携や合併を推し進めた、その過程で設立されます。

 

その急成長の陰で、多くの異なる企業風土と文化を内包していた当時のジャスコは、非常に脆弱な組織基盤で運営されていました。千鶴子は、規模の拡大だけでは大手メーカーや商社との対等な取引は望めないと考え、わずか8年の在任期間中に、グループ内のガバナンス強化と人材育成を急ピッチで実行します。矢継ぎ早に打ち出された数々の施策。その功績のいくつかをご紹介しましょう。

 

①行動規範と用語の統一

社是である「商業を通じて地域社会に奉仕しよう」に基づき、『ジャスコの信条』『ジャスコの誓い』を制定。社内用語も統一し、意思疎通の強化を図ります。

 

②人事制度と労働条件の統一

人財育成を会社の基盤に置く方向性を打ち出し、資格制度や、登用および評価基準、給与制度などの統一を実現しました。

 

③福利厚生の整備と拡充

日本の年齢構成から、将来の退職金制度崩壊を予見、年金基金制度を設立。女性社員の労働環境改善にも取り組みました。

 

④企業内大学の設置と人事交流

岡田屋時代から創設していた、小売業初の企業内大学を発展させ、広い技術教養と経営学を中心とした、実務家教育を推進

また、優秀な人材には積極的にグルーブ内での出向を命じ、人事交流による組織人財のボトムアップを図りました。

 

⑤販売者責任の明確化

それまで小売業には存在しなかった『商品試験室』を設置し、お客様からの商品苦情への対応を開始。メーカー責任から販売者責任を明確化することで、小売業としての社会的責任の具現化を実践しました。

 

ジャスコが創設されてから8年もの間、専門経営者として経営人事と戦略人事を担ってきた小嶋千鶴子。平成13年(2001年)の退任後は、イオン株式会社の名誉顧問や、趣味であった絵画鑑賞や陶芸の延長から、個人美術館であるパラミタミュージアムを設立し、館長に就任。齢102歳を数える今もなお、新聞5紙と「エコノミスト」に目を通す生涯現役の実践者です。

 

千鶴子が平成9年(1997年)に出版した自伝『あしあと』は、社員のみに配布された経営のバイブルともいうべき著作物ですが、そこにはこんな言葉が記されているそうです。

 

「人事は人間を知ることから始まる。人間を知ることは人間を愛することから始まる。愛することは理解することである。よりよく知ることである。個々人は個々に違う。違うことを知ることである。一人一人について、過去どのように生きてきたかを知り、今後どのように生きていきたいかを知り、今どうしているかを知り、目標をもたせることである。」

 

著者である東海氏は、この文章をして、「厳しくもあったが、その根底にはあふれんばかりの人間愛、商売愛があった」と、彼女を評しています。