子どもの頃に見ていた幼児向け番組では、ちょっと風変わりで愛着を感じる、そんな大人が番組の顔でした。私の世代で言えば、代表格は「のっぽさん」でしょう。子どもの目線を大切にし、一緒になってモノづくりに取り組む姿に、私たちは旺盛な好奇心を刺激されました。今なお忘れられぬ、幼き日々の「よき友人」です。
かつてのアメリカにも、1968年から30年以上の長きに渡り、多くの子どもたちに愛されたひとりの大人、いいえ「ご近所さん」がいました。それが『ミスター・ロジャース』です。「私とご近所さんになりませんか?」と陽気に歌いながら、居間でくつろぐ赤いセーター姿のおじさん。彼は、子どもたちに社会のさまざまな機能(職業やサービス)を紹介し、未知の世の中に通じる扉の外へと、子どもたちをやさしく導きました。
演じていたフレッド・ロジャースは、「番組ではカメラを通じて、ひとりの子どもの目を見ている」との発言からもわかるとおり、他人との時間や距離間を、とても大切にしていた人だったようです。
そのロジャースの素顔を記したエッセイが、1998年にエスクァイア誌に掲載され、大変な評判となりました。作者は雑誌の専属記者、トム・ジュノー。今回ご紹介する映画『幸せへのまわり道(マリエル・ヘラー監督/ソニー・ピクチャーズ他配給)』は、その手記が完成するまでの、フレッドと雑誌記者との心の交流を、事実に基づいて描いた作品です。稀有なセラピストでもあったフレッドの、知られざる日常にも迫っています。
エスクァイア誌の優秀な記者、ロイド(マシュー・リス)は、社命で400字程度の紹介記事を書くことに。取材対象は、子供番組の人気司会者、フレッド・ロジャース(トム・ハンクス)。気乗りしないロイドですが、インタビュー時の、ほんの短いやりとりのうちに、逆にロイドが長い間抱えていた父親との深刻な確執を、フレッドに感じ取られてしまいます。
動揺するロイドですが、その後も取材活動は続き、やがて彼は、400字では決して収まりきれないフレッドの人間的魅力、それを支える信念と鍛錬の日々、そして、その陰に横たわる深い心の痛みに、次第に気づきはじめます。
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