「暗闇の中に光を見出す」。巨匠が描く、古き良き映画館への郷愁と祈りの物語。

先日、第95回アカデミー賞の授賞式が開催され、アジア系の監督とキャストで制作された映画が主要6部門を受賞するなど、大いに話題になりましたが、なぜか私にとっての今春の注目作品は、当初から、巨匠サム・メンデス監督がありったけの映画(劇場)愛を注いで撮ったとされている新作一本に絞られていました。

 

実際、本当に素晴らしい作品でしたが、具体的にどこが?と聞かれると、ひと言では伝えられないのがもどかしくて。しかしながら、鑑賞後もずっとその余韻があとを引いています。まるで、蠱惑的な魔法をかけられたみたいに。

 

映画『エンパイア・オブ・ライト(サム・メンデス監督/サーチライト・ピクチャーズ他制作配給)』の舞台は、80年代の不況下に苦しむイギリス。海辺の街マーゲイトにひっそりと佇む、古びた豪奢な映画館で働くスタッフたちの人間模様を描いた作品です。

 

最近では、ほとんどの映画館がデジタル機材で映写していますが、80年代は映写技師が不可欠な時代。フィルムにつきっきりで、観客に映像を届けていました。フィルムの光と闇が交錯し、ストロボ効果によって人間の眼に幻想の世界が映し出される。当時の映画館には、そんな映画の魔術を愛するスタッフや観客がたくさんいました。そういう時代を郷愁とともに描きたかったメンデス監督。その想いは、物語の中でしっかりと結実しています。

 

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季節ごとに豊かな表情を見せる海辺の街の映画館エンパイア劇場で、ヒラリー(オリヴィア・コールマン)は働いています。毎日がぼんやり行き過ぎる孤独な日常。漠然とした不安は尽きません。

 

映写技師のノーマンや古参スタッフのニールなど、家族同然の同僚たちは、かつて精神的にバランスを崩して仕事を休まざるを得なくなったヒラリーを、何気なく気遣っています。ただ、支配人のエリス(コリン・ファース)が日常的に求めてくる身勝手な関係には、息苦しさを感じていました。

 

新人スタッフで魅力的な黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)の存在が、次第に彼女の自我に波風を立てはじめます。やがて、恋仲となるふたりの前途には、過酷な時代の波が押し寄せます。