先日、母がわが家のリビングに一冊の本を置いていきました。「面白かったので読んでみたら」とのメモが添えられていて、表紙には、昨年お亡くなりになった京セラとKDDIの創業者、稲盛和夫氏の写真が使われています。壮年期の稲盛氏が眉間にしわを寄せ、車座になって取り囲む社員たちに、何事かを激しい気迫で伝えている様子。熱気が伝わる一枚です。
戦後日本を牽引した稀代の実業家。稲盛氏は、まさに渋沢栄一翁の「論語と算盤」を体現した経営者の代表格と云えるでしょう。ビジネスにおいても「利他の心」を重要視し、会社経営に哲学(フィロソフィー)を強く求めたことは有名です。以前この紙面上でも、話題にさせていただきました。
経営や生き方に関する著書もいくつか執筆されており、私も何冊かは拝読しています。その文体から伝わってくる氏の印象は、とても紳士的でソフトな感じ。それは、テレビでお見かけしたお姿とも一致します。晩年の氏に「好々爺」的な印象を持った人も、多かったのではないでしょうか。
ところがさにあらず。真実の氏は、一貫して自らの熱い魂を他者にぶつけ続けた人でした。前述の本を読めば、(もちろん良い意味で)氏への印象は変わるはずです。
『熱くなれー稲盛和夫魂の瞬間(稲盛ライブラリー+講談社稲盛和夫プロジェクト共同チーム/講談社刊)』は、氏の生前から企画編集が進められてきた本で、今春ようやく出版されました。経営を通じて、氏が大切にされてきた信念をひとつずつ章立てし、そのテーマに沿った過去の講演録や社内報記事などを掲載しています。
しかし、この本の真骨頂は、そのあとに続く、氏とともに人生を歩んだ仲間や部下などの方々からの、数々の興味深い証言。氏の燃えさかるような情熱や人間味が、ひしひしと伝わってくる逸話ばかりです。
日本航空の再建時には、こんなエピソードも。氏の再建方針に「絶対間違う」と直言した幹部に対し、「絶対とはどういうことだ」と激怒した稲盛氏。なだめに入る他の幹部たちをさらに叱りつけ、「ええんや。こいつは一生懸命、自分でわしに向かってきよるんやから、わしもこいつに真っ直ぐに向かっていくんや。お前らはとりなす必要はない」。
熱い魂のぶつかり合い。その先の信頼関係を重視されていた、稲盛氏の信念が垣間見られます。読み進むうちに、体温が何度か上昇したような気分になりました。
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