「怪物だーれだ」。ふたりの多感な少年が恐れた、愛情ゆえに盲目な魔物の正体。

よく「思い込みや世間の常識のみで、ひとや物事を判断するな」と云われます。確かにその弊害を私たちはよく知っているので、出来るだけそのような状況に陥らないよう、公平公正かつ理性的に物事を判断しようと試みるのですが、これが(大人であっても)意外と難しいということは、誰でも身に覚えのあることでしょう。

 

そもそも、何を以て「公平公正(正義)」とするかは、多分に個人の主観や価値観が入り混じりやすいところで、それが声高に叫ばれる場では、当事者も予想しえなかったほどに悲劇的な結果を招くことも、この世には多々存在します。たとえそれが、身近な者への愛ゆえの言動であったとしても。

 

今年のカンヌ国際映画祭で、「脚本賞」「クィア・パルム賞」を受賞して話題となっている映画『怪物(是枝裕和監督・坂元裕二脚本/東宝他製作配給)』も、まさにそうした世界を描いた佳作です。

 

思春期を迎えようとしているふたりの少年と、それを見守る大人たち。何気ない日常のなかで、得体の知れぬ何かが、少年たちを追い詰める様子を描いています。

 

少年の母親の視点から映し出される不可解な出来事は、次第に他の主要人物の視点によって解き明かされていきます。しかしながら、全容が明らかになる中でも、この物語が放つ課題は、なおも強烈な爪あとを観客に残します。人間の情愛と醜悪さが混在した「怪物」との対峙に、心が震えます。

 

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早織(安藤サクラ)は、小学5年生の湊とふたり暮らし。事故で早逝した夫の分まで、息子に愛情を注ぐ日々を過ごしています。

 

街なかのビルで大きな火災が発生した夜から、湊の不可解な言動が気になりはじめる早織。ついには、耳を大怪我して帰宅した湊に、彼女の不安は一気に高まります。怪我の理由を問い詰める早織に、湊は担任教諭の保利(永山瑛太)から虐待を受けたことを告白。

 

早織は、学校に説明を求めますが、校長(田中裕子)の対応には、人間らしい誠実さが全く感じられません。さらに、疑惑の渦中にある保利は、湊が級友の依里をいじめていることを指摘。事件の真相は、より謎を深めていきます。

 

やがて猛烈な台風のさなか、湊と依里は街から姿を消すのです。