ヨーロッパの最西端に位置するアイルランド島は、八百年前から分断と対立の歴史に見舞われてきました。今現在も、この島には二つの国が存在します。アイルランド人国家であるアイルランド共和国と、英国領の一部である北アイルランドです。
近代以降の北アイルランドでは、国家統一と宗教の問題が絶えず住民間抗争を引き起こし、暴力の応酬は住民を戦禍に巻き込み、多くのいのちを奪い去りました。
ドキュメンタリー映画『ぼくたちの哲学教室(ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ共同監督/doodler配給)』の舞台となるホーリークロス男子小学校は、その抗争が一段と激しかったベルファスト市北部にあります。
現在の街は、ひと昔前と比べると落ち着いてはいますが、今も戦禍の傷跡が深く残っています。復興は周囲の街区に比べて遅々として進まず、若者の薬物乱用や犯罪の多さ、そして自殺率の高さが街の荒廃を物語っています。
ケヴィン校長は着任以来、この小学校の主要科目に哲学を導入してきました。哲学とはなにか、その理論や教義を教えるためではありません。哲学の根本である「対話と問いかけ」の効果を用いて、子どもたちが自ら積極的に「考え」「理解し」「答え」「(他者との交流による答えを)再評価」することの大切さを学ばせているのです。
今でこそ、問題解決の手段として対話と問いかけを重視するケヴィン校長ですが、過去には苦い経験をしていました。ベルファストの労働者階級で育った彼は、周囲の大人や仲間たちと同様、生き残る術や問題解決の手段を、暴力に求めてきた経験がありました。暴力は暴力を生み、彼に安息の時間は訪れず、生活は荒みました。しかしながら、大学で出逢った哲学での学びが、その後の人生の、大いなる指針となったのです。
「他人に怒りをぶつけてもよいか」。授業で子どもたちに問い掛けるケヴィン。様々な意見に耳を傾け、「どんな意見にも価値がある」と締めくくります。しかしながら、一部の子どもたちが親の暴力的な主張を鵜呑みにしている状況を、彼は懸念しています。先生と子どもたちとの魂の対話、そして問いかけは飽くこともなく続きます。
コメントをお書きください