老いへの恐怖と向き合うことを、ひとつの物語に結実させた山田監督の意欲作。

先日のドキュメンタリー番組で、山田洋次監督と吉永小百合さん主演の最新作『こんにちは、母さん(松竹配給)』が特集されていて、これはぜひ観ておかねばと思い立ちました。劇場でおふたりの共作を観るのは2010年の『おとうと』以来です。

 

番組に映っていた山田監督の姿は、私にはとてもショックでした。いつも軽快で笑顔を浮かべながら撮影していたかつての監督が、そこにはいなかった。撮影現場では、ご自身の身体の不調に苦しみつつ、時には声を荒立て、緊張と焦燥に身悶えしながら撮影に臨まれていました。吉永さんにも、苛立たしさを隠さなかったほど。

 

91才にして本作で90作目。監督ご自身は、決して「この作品が最後」などとは宣言しないと言っていました。そんなこと言ったら、観客が特別な目で観てしまうじゃないかと。作品本位で観てほしいというのが、監督の願いです。

 

劇中で、高齢の母親が憂いの酒に酔いながら息子に語ります。

死ぬのは怖くない。身体が動かなくなり、毎日床に伏して誰かの手を煩わせつつ、只々生き続ける日々が怖いのだと。そんな日が刻々と近づいているのを知りながら、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせる。老いを直視せずごまかし続ける自分が嫌なのだ、と。

 

これは、山田監督ご自身の正直な憂いなのかもしれない。

そう思ったら、涙がとまりませんでした。しかしながら、映画そのものは、おなじみの山田作品。ほのぼの然とした悲喜劇で、最後の花火のシーンは爽快ですらあります。

 

劇中の母親も息子も、底の知れない悩みを抱えていますが、それぞれが寄り添い合うことで、かすかながら希望を見出していきます。人との関わりを閉ざさなければ、どこからでも、たとえちいさな勇気であっても、状況を変える転機はやってくる。そう思わせてくれる素敵な作品でした。

 

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大会社の人事部長として働いている昭夫(大泉洋)は、公私に渡るさまざまな悩みを抱え、日々をやっとの思いで生きています。ふと立ち寄った実家では、母親(吉永小百合)に、どうも恋の噂が。あり得ない!と戸惑う昭夫。彼の心情は千々に乱れるばかりです。