一年にほんの数回ですが、つい気持ちよく飲み過ぎて終電を逃してしまった時など、タクシーを使わせてもらうことがあります。その場の雰囲気で運転手さんに話しかけたりもしますが、意外に興味深いお話に接することも。なかでも、運転手さんの人生に関する紆余曲折をお聞き出来たりしたときは、ヘタな小説よりも興味がそそられるものです。
タクシーは、運転手と客という他人同士が、閉ざされた車内でひとときの時間を過ごすわけですが、そういう雰囲気もあってか、普段は口にしない個人的な事柄も、ついお互いに漏らしてしまうようなところがありますね。
今回ご紹介する仏映画『パリタクシー(クリスチャン・カリオン監督・製作/松竹配給)』は、まさにタクシーが縁となって引き寄せられる、ふたりの人間の濃厚な人生劇です。パリの街なかを走るタクシーの車内で、客である謎多き老婆の人生に起きた、切ない出来事が次々に明かされていきます。
「昨日ダンスホールで彼と踊っていたのに、今日は(介護施設の)部屋にひとり」と、感慨深くつぶやく老婆。過ぎ去る人生のあっけなさに思いが至るシーンでした。
*********************************
パリでタクシー運転手として働くシャルル(ダニー・ブーン)は、追い詰められていました。いくら働いても楽にならない生活。おまけに商売道具の運転免許証は免停寸前。生来の短気も災いして、切羽詰まった日々を送っています。
ある日、タクシーに乗ってきたのは老婦人のマドレーヌ(リーヌ・ルノー)。終の棲家となる介護施設に入居するためにタクシーを呼んだのですが、そのまえにパリ市街の思い出の地を巡りたいというのです。
彼女が次々と繰り出す注文に、イラつきが収まらないシャルルですが、「長い人生の10分なんて、たいしたことないわよ」「ひとつの怒りでひとつ老い、ひとつの笑顔でひとつ若返る」と、彼の短気を軽くいなすマドレーヌの言葉のまえには、まるでかたなしです。
思い出の地を巡るたびに、ひとつずつ明かされる彼女の過酷な人生。シャルルも次第に心を開き、ふたりに穏やかな時間が流れはじめます。やがて訪れるふたりの別れの瞬間が、徐々に近づきつつあります。
コメントをお書きください