ありのままの自分を取り戻すために。一人旅がしたくなる映像版旅のエッセイ。

エッセイストで、「暮らしの手帖」の元編集長でもある松浦弥太郎さんは、数々の作品の中で、現代の生きづらさを克服するための生き方のヒントや、自分の身の丈にあった「ちょうどいい暮らし」などをテーマにして、執筆活動をされています。

 

松浦さんにとって「一人旅」は、彼の執筆テーマを表現するための重要な要素であるらしく、2011年に自らの旅にまつわるエッセイ集も書いています。今回ご紹介する2021年公開の『場所はいつも旅先だった(松浦弥太郎監督/ポルトレ製作・配給)』は、そのエッセイ集を原作として、松浦さん自らがメガホンを取ったドキュメンタリー作品です。

 

夏のサンフランシスコ。古い伝統が息づくスリランカのシギリア地方。穏やかな海に抱かれている港町マルセイユ。そして豊かな食に満ち溢れた街、台湾。松浦さんは、「早朝や夜の街に存在する、誰も目を向けないような当たり前の通り、そして美しい営みを探して」街を歩きます。「フワフワとひとり、宇宙飛行士のように」。それが彼の旅のスタイル。

 

子どもの頃から、人の日々の営みや幸福のかたちに興味があった彼にとっては、海外旅行も観光地目的ではありません。只々、そこで生きている生活者を観察し、触れあうのが目的です。

 

もうひとつ、彼には一人旅に赴く理由があります。それは自分を変えたいとき。シギリアの牧歌的風景のなかで、彼はこう思います。

「なにか自らに変化を与えたいと思った時には、できるだけ今の自分から遠く対極にある環境に飛び込んだ方がいい。極端な態度を示すことが大切だ。そのとき何を感じるのか、その瞬間を大切にし、心の声を聴く」のだと。彼にとって、旅は自分を蘇生させるための手段であり、お気に入りの旅先は、「弱ってしまった自分を、ちょっとのあいだ逃がしてあげられる場所」なのです。

 

日々の生活でストレスを感じた時、彼は旅先で交流した人たちを思い出し、今の彼らの生活に思いを馳せます。そして、「自分もありのままでいいのだ」と安堵する。また旅に出たい、人に会いたい。彼の旅は、これからも続きます。