「ワぁ、ゴッホになるッ」。鬼才に命を捧げた、可憐なひまわりの物語。

この年末年始のお休みは日の並びがよろしく、9連休の長期休暇を楽しまれるご家庭が多いようですね。心身ともに今までのご苦労をゆるりと癒して、存分に英気を養っていただければと思います。

 

さて、そんな長いお休みですが、出来ればどこへも出掛けず、ご自宅でのんびり骨休めしたいという方も多いのでは。そんな方のために、今回はとっておきの小説をご紹介します。ボリュームは260頁程度ですので、早い方は二日程度で読み切れる作品です。私は、就寝前に本書を愉しんだのですが、あまりにも面白くて頁をめくる指が止まらず、読み終えるまで、日中は少しだけ寝不足気味になりました。指も止まらなかったのですが、ググッと来る感情も抑えきれませんでした。

 

昭和を代表する板画作家と云えば、棟方志功ですね。小説『板上に咲く MUNAKATA:Beyond Van Gogh(原田マハ著/幻冬舎刊)』は、売れない油絵画家志望の青年であった棟方が、如何にして「世界のムナカタ」へと成長したのか。その軌跡を、献身的に棟方を裏で支えた糟糠の妻、チヤの視点から描いた小説です。ですので、物語の真の主人公は、このチヤということになるかもしれません。

 

棟方は自分のことを「版画家」ではなく「板画家」と称していました。ここに、彼の芸術家としての強い信念が現れています。

 

江戸時代の日本は、木版画の隆盛期でした。庶民に広く読み物を提供するための刷り物に留まらず、芸術的な価値を有する「浮世絵」にまでその技術力を高めていきました。もっとも明治以降にその芸術的価値を認めたのは西欧諸国で、棟方が神と仰いだゴッホも、浮世絵の熱狂的なファンだったそうです。

 

棟方は、この木版画を独自の視点で以て変革しようとしました。刷り物の媒体ではなく、「板木の声を聴き、自らのいのちを吹き込む」芸術として昇華させようとしたのです。その凄まじい情熱は、当時の民藝運動を組織していた思想家の柳宗悦などを大いに感動させ、棟方は次第に活躍の場を拡げていきます。

 

一方、棟方の長い下積み時代を支えたチヤは、赤貧のなか、おさな児を抱えて生きるか死ぬかの毎日。それでも世界の傑物と信じる夫の才能を愛し、後ろ姿を懸命に追いかけ続けました。チヤはつぶやきます。

「ええ、追いかけていますよ。いまも、ずっと。私はひまわりですからね。あの人は太陽。(中略)そういう運命(さだめ)、なんだもの」